終了。


by sakurakura787
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晴れる霧、見える光。

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今日は、めめも君がお休み。先週からめめも君にお願いしていた通り、今日の夜に渋谷でお会いする予定の先生に一緒に会いに行きました。

Y先生は、東京都の小学校教員であり、都内に16学級ある外国人児童を対象とした国際学級で指導されています。私が台湾で日本の年少者への日本語指導の状況を調べていた時から、何かとY先生のお名前は拝見していました。それ位、専任で国際学級を教えていらっしゃる先生というのは全国でも少ないし(学級数自体が少ないですからね)、一般の教員採用試験を通られ、その後の配属が外国人児童を対象とした国際学級にほぼ専任のように固定で教えてこられている、というのは、そうゆう人事の割り振りもあるのだろうか、色々と知りたいことがありました。

そんな今年の5月、参加している年少者向け日本語指導者のメーリングリストに、日本語教育アドバイザーとしてオーストラリアに赴任されていたY先生が、帰国され、帰国報告会が開かれるという連絡メールが入ったのです。ここぞとばかりに、Y先生にメールをしました。台湾留学中の日本語教師経験のこと、日本語指導に興味をもったきっかけなどを筆頭に、是非、国際学級のこと、小学校教諭の資格で日本語指導に関わることについて、その選任方法、専属となるのか、等などお伺いしたいことを伝えました。

そして、昨日、ご多忙である先生が時間をつくってくださり、お会いすることができました。う~ん、長年の霧が晴れたような気持ち。とっても熱心に、的確に、丁寧に、回答以上のお話をしてくださいました。私も調べて知っていたのですが、全国に外国籍の児童はたくさんいるわけですが、中国語を母語とする子どもの多くは、東京にいることが改めて確認できました。そして、教採を受験して、晴れて教員となっても、決して日本語指導者として専任になるわけではなくて、それはアピールしていいけど、実際は、通常学級の担任もあるし、特殊学級の担任になることもあるだろうし、市区町村の教育委員会、各学校の校長先生の裁量なのだということ。

そのほか、Y先生がこれまで海外を中心に日本語指導者として活動されてきた経緯と、運良く新しい国際学級の立ち上げプロジェクトがあったこと、その後も別の学校の国際学級に空きが出て移動できたこと、など運が重なったということで、特に「専任」という扱いではないこと、などなど。

後半は、もう、本当に、「ここまで親身になっていただいて。。」と恐縮するくらい、私の今後について真剣に考え、アドバイスしてくださいました。あぁ、やっぱり、現場で活躍されている先生の話を聞くことは、大切だなぁと思いました。Y先生のおかげで、ずっとベールに包まれていた学校での日本語指導という道の実態も明らかになったわけです。そして何より、自分のことがよくわかった。自分がこれまで、何となくぼんやりと見える光の方向に進んできたわけなのですが、その方向性は間違っていなかったと思いました。

学校での国際学級というのは、日本語指導をするという側面はほんの一部で、やっぱり、生徒指導だそうです。母語と日本語の間には、語学という面だけでなく、アイディンティティの葛藤という問題も生れるそう。そのため、子どもが次第に日本語になれてくると、今度は、家庭における親と子のアイディンティティの壁ができてしまう。そうゆう、同じ生徒指導といっても、非常に専門的な研究と知識がいる分野のようです。

b0049398_2433393.jpg私はというと、そんな話を聞いて「あぁ、やっぱり教育なんだ。」と思いました。そして、教採を受けるからといって、特に、「絶対、日本語指導」というわけじゃなくて、「何を教えるかはあまり問題ではない」という自分の気持ちを確認しました。英語、中国語、日本語を教えた経験は、私がアピールできることの1つという捉え方。

Y先生の話では、国際学級の担任になる先生は、希望する先生はほんの一部で、上からの要請でやむおえず担任する先生もいらっしゃるとのこと。だから、興味を持って、しかも経験を生かして担任できる先生というのは、ニーズから考えても、現場の人間からしても、ウェルカムですとのこと。

小学校教員か、日本語教師か、学校か、民間か、何だかどれか1つに絞らなくてはいけない、そんなことで悶々としてきた私ですが、ここ最近お会いしたT先生、そしてY先生のお話を聞き、小学校教員の道で、色々なアプローチの異なる教育に携わる道が最も自分にしっくりくるなぁ、と思いました。

あぁ、年末を前にして、3年半の霧が少し晴れたよう。
教採対策の勉強についてアドバイスを頂き、まずは目先の大学卒業を優先していいと思います、と言って頂き、気持ちも固まった。私はこうしてこれまでたくさんの人に救われ、励まされてきたなぁ。Y先生の熱心で力強いお話にぐらぐら揺れていた振り子が、一定のリズムを刻みだした感じ。私もいつか、先生になったら、T先生や、Y先生のように、人を勇気づけられる、応援できる、愛せる、そうゆう先生になりたいな。そう思った一日でした。

【今日の一枚】
夕方、外出しようと外に出たら、空にこんな光の一筋が。しばし見惚れていました。
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# by sakurakura787 | 2004-11-03 02:45 | かんがえごと。

サマーカットの秋。

いやいや、今日の東京はもう何週間ぶり?位の晴天!日本晴れ!と~っても気持ちの良い一日でした。でも、やっぱり外はすっかり寒いですね。いそいそと行李から冬もののジャケットなど衣類を出しつつ、「あぁもう一年が終わりに近づいているんだなぁ」としみじみ感じます。そんなふうに一日、一日、と冬に近づいてゆくというのに、何やらうちには涼しげなお方が。。

サマーカットのアモン君(-_-;) チンチラゴールデンのアモン君は、本当ならば、ふっさふっさの立派な毛並みの猫君です。ちょうど全身、ライオンのタテガミって言ってもおかしくない位の毛量。でも、夏はさすがに暑いらしく、居間にいないと思うと、風呂場のタイルにべったりとお腹をつけて涼んでいることが増えます。なので、数年前から、6月も終わりになると、行きつけの美容院でサマーカットにしてもらうんです。顔としっぽの先だけふわふわを残して、あとはバリカンでカット。夏は涼しく、9月後半になる頃にはふさふさ感が戻ってきて、10月の今頃にはすっかり元通りになっているのが通年の慣わし。

おかげで、毎年、秋になると新米ならぬ、「新毛」に恵まれ、柔らか、つやつや、生まれたての立派な毛並みになるので、そんな時に、健康診断で病院へ行った時なぞは、お医者さんから「いやぁ~っ!しかし、すごい毛並みがいいですねぇ~」と感心されたりします(^^*)「そうだよ、何たって新毛だからねっ」と、心でほくそ笑む私。

でも、今年は、飼い主の怠惰のせいで、1ヶ月遅れの7月も後半にサマーカットにしたもんだから、10月後半の今になっても、羊の毛並み、ちょろちょろふわふわ、って位しか毛が伸びてない。。でも、寒いでしょ、もう(-_-;) 本人はいたっていつもの調子で、お腹を出して、手は「うらめしやー」のカタチで寝ておりますが、そんな無邪気なアモン君の姿を見る度に、申し訳なく思う私。


(私)ごみんね、アモン君。。
(ア)・・・・・・・・ふぅっ。

ジャスミンと並んで、アモン君の頭痛の種である私(~_~;) 
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# by sakurakura787 | 2004-10-28 23:21 | ねこズ。

あいつは今。。。



おい、モコ君よ、やつはどこ行ったかな?




あそこじゃないかな、アモンさん、ほら、あそこ!


びっくり箱には。。。いない・・・・



まさか・・・俺の・・・




いたっ!!!



(ジャスミン)
新しいベッドは、ちもちぃぃぃ♡ぷぷぷ


(アモン)今夜もまたソファで寝るのか。。
(モコ)せめて、あのまま大人しくしてて欲しいですね。。。
(アモ・モコ)はぁぁぁ。。<じっと遠くを見つめる>
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# by sakurakura787 | 2004-10-28 22:35 | ねこズ。
最近、教師を志す、先生になることについて、色々と考えています。昔は、好きなこと、興味をもったことには、まっしぐら!全く後先考えずに突っ走った私なのですが、最近はとんとそうゆう勢いとゆうか、勇気みたいなものが後退して、どこかに雲隠れしてしまいました。こう、「石橋を叩いて渡る」という言葉が妙にしっくりする自分なんです。それも、叩き過ぎて、その振動で自分の足の骨まで響いて、ひび割れするんじゃないかって位に叩いてます。

以前に、明星大の野澤先生から「考えていることは正しいと思うけど、やってみなきゃわからないことだってあるよ。完璧じゃない方がいいんだよね。」と言われました。

ふむふむ、そうかそうか、と思うのですが、どうにもそうゆう「自分をうまい具合に逃がす。」ということを、どうやってやったらいいのかわからずにいます。これは、きっと、がんがん週5日でも学校で仕事をしている方がよほど楽かもなぁ。現場にいて考えるのと、家にこもって考えるのとでは、叩き具合も、叩き場所も、体に伝わってくる振動も全く違うような気がする。

そんな色々考えている今、深く共感する記事に出会いました。芸術的な活動をされているhitominさんの10/10(日)ラテンの飲み会で教師とは。です!思わず、トラバしましたっ☆

hitominさんのラテンダンスメンバーの中にいらっしゃる小学校教員をされている2人の先生のお話。どちらももう退職したいと言っているそうです。それには、次のような背景が。

「不景気で民間企業の状況が厳しくなる中、公務員への縛りが強くなっている。詰め込まれる研修、詰め込まれる授業、一人の先生が抱える付加が多すぎて心にゆとりが持てなくて本業の教育に専念できなくなっている。」

「世の中が病んで、親が病んで、子供が病んでるって。だから先生が病んで(精神的に)自殺したり、退職する人が多いらしんです。で、次は自分が病むのではないかという恐怖感にいつもつきまとわれてるって。」

これ、本当に切実だと思うし、私も実習や勤務する学校で少なからずこの徴候は目にしています。とかく、大学でこれから先生を目指すぞ!って人達の間では、どちらかというと暗黙の了解でタブーになっているような現実のお話。まぁ、現実を知らない者同士で、こうしたシビアな問題を話しても。。というところもあるのかもしれませんが、こうゆう話、実は、すごくしてみたいです。できれば、11月に会える友だちと一緒に、話ができたらなぁと思っています。

先生は、スーパーマンじゃなきゃいけないの?先生は、不完全な人間ではいけないのでしょうか?コンピューターが、データ処理だけの箱じゃなく、音楽も、映画も、TVも、電話も、何でもできる箱として生まれ変わっているように、不完全な人間は、何でも出てくる、何でもできる、1人で100台分お得な人間でなきゃいけないのかな。

子どもにも、そうやって、ごくごく一部の大人達がよしとして決め付けているスーパー人間になるよう求めてないかな。

私の悩みというのも、もしかしたら「スーパー人間」にならなくちゃいけないんじゃないか、っていう誰に言われたのでもないことで自分を決め付けているところから来てないかな。hitominさんの記事を読んで、そして二人の先生の志が高くてもくじかれそうになっている姿、hitominさんの根拠のある落ち着いた意見を拝見して、何やらポッと炎が灯ったような気がしています。ブログを始めてよかったな。アモン君もジャスミンと、そんなお話をしている様子ですよ。
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# by sakurakura787 | 2004-10-27 07:31 | かんがえごと。

3年半後のごあいさつ。

めめも君の親戚のお家に、まるでうちのジャスミンのような黒猫さんがいました。まじまじと見ても、上から横から左から右から見ても、どーみてもジャスミン。もしかして、真っ黒だからそう見えるだけ?猫さんは外遊びもできるようで、私達の視線から逃れるように、外へぱっぱと出て行きました。この黒猫ママさん、最近、3匹の赤ちゃんを生んだそうです。パパさんは、写真の通り、白いシャムネコさんなのに、赤ちゃんは揃いも揃って、黒猫ちゃん。う~ん、不思議だぁ。黒色の方が染色体が強いの?あれ?強いって言い方合ってる?

さて、結婚して3年半が経ちました。
台湾からスタートした生活も、いまや東京のど真ん中で安定しつつある。
でも、帰国して生活の基盤を作るまでは本当に大変だった。一時はどうなることかと思ったけれども、家族に助けられ、友達に励まされ、大学で新しい友達ができて、日本での生活も落ち着いてきました。1人では生きられない、そう感じることがしばしばありました。人から優しさを受ける度に、自分も人に優しくできるようになりたいと思います。それは、きっとものすごく強い人なんだろうな。自分の色々はさておき、人の辛さや悲しさ、苦しさを理解して、包み込めるような人。私の近くには、そうゆう人がたくさんいるなぁとしみじみ思い返しました。

あ、話がそれてしまった(~_~;) 
この3年半、前述の通り、自分達の生活基盤を整えるのに躍起になっていて、なかなか、めめも君の実家に帰ることができませんでした。それだけじゃなくて、結婚してだいぶ経つのに、めめも君のご実家の親戚のみなさんに、2人揃って結婚の挨拶をする機会が得られなかった。今回はようやく2人揃って帰郷できたので、ご両親のたっての願いであったご親戚への挨拶まわりが叶いました。ご高齢のお父さん、お母さんが、車とはいえど、比較的固まった地域に点在しているとはいえど、とても大変だったと思います。終わって実家に戻ってから、「あぁ これで安心した」と言っておられるのを聞き、もっと早くこうしていれば良かった、とつくづく申し訳ない気持ちになりました。

それにしても、めめも君は「農家の家はどこもこんな感じだと思うよ」と言っていたけど、瓦屋根の立派なお家ばかりで、玄関上には家紋がしっかり入っている、門から家までちょっとある、お庭が広い、などなど、団地育ちの私には驚くような家ばかりで、敷居をまたぐのに躊躇しました(~_~;) 確か、夏スクで会った福井のオクムのお家も「家に蔵があって。。」などと言っていたので、やはりそうゆうものなのかな?まぁ、オクムの家は農家ではないけれども。いやはや、驚きおののき。

めめも君のお家は小さいけれど、大事に大事にご両親が住まわれてきた様子が随所にちらばっています。あぁ、こうゆうお家で育ったんだなぁと、何やら、小さい頃のめめも君が元気に跳びまわり、お母さんにまとわりついている様子が目に浮かぶようでした。

さて、さきほどの黒猫の子ども。3匹生れて、新聞で飼い主を募集したところ、2匹引き取られ、残った1匹だそう。私達にはすっかり3匹のドラ猫たちの匂いがあるからか、抱っこしても怖がってすぐに逃げてしまいました。めめも君が、紙でこよりを作って投げたところ、ちょいちょいと遊び出しました。そうゆうところは、やっぱり、同じ猫ちゃん仲間だねぇ~ 猫の好きな遊びを知っているところに、ちょっとご満悦なめめも君でありましたっ
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# by sakurakura787 | 2004-10-26 18:30 | おでかけ
昨日の続き。学習発表会が終わった後、先生から「よかったら帰りの会を見て行きませんか。」と声をかけて頂きました。もちろん、是非にっ!と即答で、先生の後について教室に行きました。子ども達は、もうちゃんと自分の席についていて、今日のアレコレについて友達とわいわいお話している様子。そうそう、T先生の担任する3年生は14名のクラスです。各学年1クラス、全体で6クラスの小さな学校。だからアットホームなのかな。

帰りの会が始まると、先生のお話に引き込まれていきました。
(先)「今日の自分達はどうだった?こう?それともこう?」と、何やらクラスでお決まりのジェスチャーがあるようで、自分がどれくらいできたか、頑張ったか、ということについて、ダメだった、まあまあ、よくできた、という別に手を使ってサインをするようです。やっぱり、まあまあというのは妥当で多いけれど、よくできたよ、という子達もたくさんいて、ここでも自分で考え、自分で発信する、自分を良く知るというエッセンスがあるなぁと感じました

帰りの会がそろそろ終わるなぁと思ってみていると、突然、火の粉がふりかかった!
(先)「みんなに紹介します。あそこに、見慣れないお二人がいますね。」
(子)「<一斉にこちらを見る。>」 
めめも&さくらくら、冷や汗だらだら、喉からから、緊張が走る(~_~;) 
(先)「何と、みんなの学習発表会を東京から見に来てくれました。」
(子)「えええええええええええええええええええええええええええええ!」
おいおい、驚きすぎじゃないのかっ!?東京ってそんなに驚くのかなぁ。
そうだよね、みんなにしたら1人では行けないところだよね。遠いよね。
(先)「緑の眼鏡をかけている方は、東京で先生をしているんだよ。」
(子)(その親御さん達)視線が一斉に、さくらくらの方へっ!
(先)「あの先生は、ニーハオ先生と言います。その理由は自分で聞いてください。」
(子)「えー!何でー!何で、ニーハオ先生って言うの??何でっ!」
(先)「それは、教えません。自分で聞いてください。」

と、何とも見事な変化球?直球?を投げてくださったT先生。こうゆう子どもに夢をもたせるというか、イマジネーションを豊かにさせるようなアイデアが自然に出てくるんですねぇ。。

せっかく先生が投げてくれた直球だったのですが、私はというと、「台湾で中国語を勉強したことがあるから。」という何ともつまんない返事をしてしまい、後から物凄く後悔しました(;;)
もっとさぁ、あるよね、何か言いようがさぁ。子どもなんて「やっぱり」と言って終わっちゃいましたからね(^_^;) そうだよな、やっぱりだよなぁ。勤務校で「私を見かけたらニーハオって言ってね。」と話したら、それ以降、「ニーハオ先生」になった、ってことを言えば良かったのに。あぁぁぁぁ、私って本当におバカ。緊張して焦りすぎたのよぅ~

それはそうと、先生の子どもに対する話し方。何ていうか、使う言葉がどうのこうのということではなく、とても子どもと対等だと思いました。昨日、そのことを先生にメールしたところ、お返事が来ました。先生は、「教える人・教えられる人」って関係を固定することはおもしろくない、なるべく「素」で、「そのまんま」で、子どもの前に登場するそうです。時には、先生自体が嫌なことがあったり、調子が悪い時があるわけなんですが、そういうのって子どもはすぐに感じるそうです。当り散らすような失礼なことはしないけど、いつも自分のまんまなので、子ども達は、結構、力になってくれたり、気遣ってくれたりするものだそうです。わざわざ助け合いって言うよりは、そこは「普通の人間関係」なんじゃないかと、思っているそうです

そうか。そうなんだ。そうだよね、うん。
私が最近、どうにも消化不良で、先生を目指すことについて悩んでいた原因の1つはここかもしれないな。実習の時にもやらかした失敗。「教える人・教えられる人」って固定すること。特に、そうしたいと思ってしているんじゃないんだけれども、私が見た学校ではそんな感じの先生が多かった。だから、「あぁ 何か違うなぁ。私は向いてないかもしれないなぁ。」と思っていたけど、それは人のせいにして逃げるようなものだってわかった。自分が「こうゆうふうにしたいな」と思えば、そうすればいいだけだ。やってみればいいだけなんだよね。

そうは思っても、この「素」で、「そのまんま」で、というのはなかなかに私には難しそうだ。何故なら、やっぱり私はとても臆病な一面をもっているから。人の目が気になったり、人にどう思われているのか気になったりする。気にならないところもあるけど、気にしてしまうところがある。いいところも悪いところあって、それが全て自分、っていうふうに思えているレベルは、そこそこ高いけど、まだ十分でもない。でも、それでいいのかな。それが「素」なんだから。

どこかで、大勢の子どもを引っ張っていかなきゃ、という気負いがあるのかも。まだクラス担任はしたことがないけど、実習の時の一日担任の時にそう感じたな。まだ自分が未熟で、その未熟さを隠したいから、子どものことが良くわかっていないところを隠したいから、あれやこれやと口を出しすぎたり、そうすることで力づくでまとめようとしてしまうところがあった。本当は、子どものことが愛しくてたまらないのに、まとめることに躍起になってしまった。先生がまとめるんじゃないよね、きっと。うまく言えないけど、子ども達がまとまっていくものなんだよね。先生はその手助けをするんだよね。

「いろいろある人生を、みんなで楽しめればいいね。」

先生の言葉です。そうだよね、そうそう、そうなんだ。どの子も唯一、ただ1人の存在なんだ。先生も、子ども達も、それぞれ自分の人生を生きているんだよね。そうゆう子ども達の人生のお手伝いをしたいんだ。そういえば、この前の大学の秋スクの試験で書いたっけ。子どもを愛しいと思う先生になりたい。失敗も成功もみんな、子どもの大切な取り組みなんだ。そうゆう小さいながらに、懸命に頑張る子どもの手助けをしたいと思ったんだ

みんなで人生を楽しむ。学校も人生の一部なんだからね。勉強も遊びも生活も、一緒に楽しんでやれるといいよね。そのために、そうゆう先生であるために、勉強を続けていきたいね。うむうむ、少し近づいてきたかな。先生に感謝感謝です☆
(注)最後の変に反り返っている親父は、めめも君です(~_~;) 帰りのPAに、ドライバーの疲れを癒す目的なのか?、背筋伸ばしみたいなものがあり、私がお手洗いから戻ってきたら、こんなんやってました(笑)ちなみに、人生を楽しむという言葉とは、この内容の場合、全く関係ありません。
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# by sakurakura787 | 2004-10-26 16:26 | おでかけ

憧れの先生との出会い

ブログを開設してすぐにポ~ンと間が空いてしまいました。実は、22日(金)から24日(日)まで、夫・めめも君の実家、仙台へ行って来ました。今回は愛車・ムーブ君(ローズメタリック色!)で、初の長距離遠征です。これまで、茨城県水戸市、河口湖と比較的長いと思えるようなドライブをしてきましたが、仙台ともなると5時間の強行軍。しかも、私自身は免許を持たないので、めめも君1人で重責を担うわけです。ちょっと心配もあったけど、いつかは車で仙台へ行こうね、と話していたし、何よりめめも君もやる気(電車より安いから)だったので、決行しました。途中、那須高原SAなんかにも寄れて、なかなか楽しいドライブでした。この様子はまた別の機会に。

今回の仙台行きには、私の側にも1つ楽しみな理由がありました。それは、宮城で小学校教員をされているT先生に会いに行くことです。何しろ突然に決めた仙台行きで、出発間際に、お会いできないかとメールをしたっきり出てきたので、会えるかどうかはわかりませんでした。ちょうど、SAで一休みしている頃に携帯電話のメールに返事が来ました。土日は立て込んでいて時間が取れないが、土曜日に勤務校で学習発表会があるから是非見に来てください、とのこと。これは是非、観に行こう!ということになり、早速お返事をするとすぐにまたメールが来て、学校の場所などを教えて頂きました。ついに、念願のT先生とお会いできる。何度この日を夢見たことか。

T先生との出会いは概ねこんな感じでした。
去年の夏、私は夫婦別姓のこと(私達夫婦は別姓なのです)を調べていました。ちょうど、教育実習前で、「果たして、学校教員という立場で夫婦別姓の方はいらっしゃるのか。職員室や親御さん達からは何か言われたりしないのか。」という、素朴な疑問があったのです。もし何か言われるようなことがあっても、だからといって同姓にはしないと思うけど、小心者の私は事前に心積もりをしたいと思っていました。そんな中、T先生が外部で活動されているうちの1つのグループである「別姓を考える会」のHPを見つけ、その中の「ある小学校教員の毎日~夕張の父さん母さんへ~」という先生の日記を主体としたサイトとめぐり合ったわけです。日記を読み進めていくうちに、小学校教員、夫婦別姓、北海道出身(私は旭川生れ)、仙台在住(めめも君の故郷)という類似点をみつけ、勝手にどんどん親近感を増して行き、ど~してもメールしたくなりメールしちゃったわけです。まもなく先生からお返事を頂き、以来、約1年半、私が一方的に近況報告を兼ねたメールをし続け、その度に、いつもいつも励まされ深く感じ入るようなお返事を頂いてきました。でも、私達の生活が落ち着かず、なかなか仙台へ帰る機会が無かったこともあり、実際に先生に会う機会を得ることができませんでした

そして、やっとこの機会に恵まれたわけです。先生の勤務される学校は、広大な畑と山に囲まれるようにして、ぽっかりとありました。旧校舎から新校舎に変わったというその学校は、今多くの新設、改築される学校がそうであるように、教室の壁を取り払ったオープンスペーススタイル、教室以外のところに、それぞれの子どもが居場所をみつけ思い思いに転がり回ったり、本を読んだり、友だちとお話したりできるほどのスペースがふんだんにあります。天上が高く、廊下は明るい色の木造りで、「校長室」などのネームプレートも温かみのある木でできています。

そこには、「みなで一緒にしなくてはいけない、できなくてはいけない。」という「集団ありきの個人」ではなく、「ひとりひとりのことが大事。そこからみんなのことを考えてみようね。」という、「個人ありきの集団」というアプローチが見えました。

それは、学習発表会の様子からもわかります。校長先生、PTA会長のお話は、ちゃあんとこの学校のみんなに向けられた言葉で綴られ、手短で温かいもの。それに、子ども達の感情表現の豊かなこと。そりゃあ、アメリカの人たちのようなアクションはありませんが、あれだけの大舞台にあって、日本の子どもがセリフひとつひとつを生き生きと、リズミカルに話します。それは低学年も高学年も全く同じ。それに、先生達も一緒に歌います。観客は「アンコール!」と手をたたき、合唱・合奏はアンコールをします。片方が、一方的に発信するのではなく、お互いに共鳴しあう学習発表会でした

先生をみつけるのはとっても簡単!すぐにわかりました!長髪を後ろで1つに結わき、バンダナをしているから。私の緑ふち眼鏡も相当なインパクトだと思いますが、先生には負けるかもしれない、何か対抗策を考えなくては、と思うようなオリジナリティです。10分休憩の時に、いそいそと近寄って行き、声をかけました。先生もすぐにわかった様子で、ぱあっと笑顔になりました。あぁ、思った通り。笑顔の素敵な、温かい、元気な先生でした。

発表会が終わり、先生もお忙しいだろうからと帰ろうとしたところ、「是非、帰りの会を見て行ってください。」と声をかけられました。「子どもと接している先生を見ることができる」「あの、日記に登場する3年生の子ども達に会うことができる」もうすぐにうなずいていました。

そしてやっぱり実感。
先生と子ども達の距離が近い。それに子ども達が「聞かされている」のではなくて、「聞きたいから聞いている」という感じなんです。先生の言葉に喜び、焦り(笑)、体や言葉でいっぱい表現しています。こうゆうふうに子どもがいられるのは、まさに先生の学級つくりのなせる結果なのですね。

う~ん、まだまだ話したりないけど、あまりに長くなってきたので、この後のことは明日に持ち越そうと思います。とにかく、先生と会えたという素晴らしい週末になりました
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# by sakurakura787 | 2004-10-25 08:02 | おでかけ

秋の大学の授業で。。

子供が犠牲になる様々な事件から思うことsunasanoさんにトラバ!

先週の土日に受講した大学の「教育心理学」の授業のこと。大学に編入学して約3年半、これまで色々な授業を受けたのだが、ここまで衝撃的な授業はなかった。それは、まさに、学校でカウンセラーとして働いてきた先生の心の叫びであり、訴えの連続であった。終始、大きな声で怒鳴り、時に和やかに、そしてまた激しい訴えに変わり、、といった具合に、めまぐるしく変わる先生の様子に、最初は、戸惑った私。でも、その表向きに慣れてくると、先生が言わんとしていること、伝えたいこと、その本心が心にすーっと入ってくるようになったのだ。まさに、それは先入観だった。先入観に囚われると、真実が見えない、わからない。そう思った。

授業で印象的だったのは、インターネットの話。最近、佐世保で起こった事件で、大人達はやっきになって「インターネットの匿名性、秘密性の怖さ」を説くようになったとのこと。インターネットの自由さ、情報の豊かさは、子どもには有害である。大人が子どもに目が行き届かなくなる。それを危惧する風潮だ。このとについて、先生はこう言っていた。

「子どもを縛るのは簡単だ。ネットで子どもに見せたくないサイトがあれば、フィルターをかけるソフトを使えばいい。それでも、そのフィルターをかいくぐったなら、それはそれですごい。私ならその才能を生かしてやろうと思うだろう。基本的に、秘密をもつことは大人への第一歩だ。子どもは秘密をもつことで成長していくのだ。秘密をもつことで、自分に責任をもつことや危機管理、危険予測の観念が身につくのだ。危険な目にあうような芽を全て摘んでおいて、どうやって子どもが危険なことと、そうでないことを察知できるのか。」

もちろん、全ての「危険」を開放してしまうということではない。しかし、ネットでも、公園にある危険な遊び道具であっても、それは明らかに全て「大人がつくったもの」なのだ。大人が作っておいて、それを子ども達が使った時に起こる問題があると、「子どもを管理する」という発想にたどり着くわけ。う~ん、確かに。。。と、この先生の授業の話は尽きない。
話を戻して、「子どもが犠牲になる事件」について。これも本当に痛ましい。許せないことだ。
最近、その中の1つの事件で、犯人となった男性が命を絶った。明らかに、自分の今から逃げたいがためとしか思えなかった。自らの、何らかの満たされない欲求を自分より弱いものへと向けたのだ。人間が一番してはならないこと、それは同じ人間を「道具」として扱うことだ、とはやはり大学の別の先生の言葉。人を自分の欲求処理の道具として見た時、命を絶つことさえも必然と思ってしまうのだろうか。どうにも凡人である私には理解できない。許せないという思いしか、浮かんでこない。

そこで、例の先生が授業の最後におっしゃった言葉が脳裏をめぐる。
「死ぬと、老人は過去を失くす、大人は現在をなくす、子どもは未来を失くす。」
「これを忘れないでください。」

ずしっと、ずきーんと、心に刺さる言葉だった。
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# by sakurakura787 | 2004-10-22 01:36 | まなびのば。